愛と依存

 

 私は、あなた無しでは生きて行けない。

 私にはあなたが必要だ。

 

 よくある愛の表現である。

 でも、それって本当に愛だろうか。

 

 あなたが居ないと生きて行けないのは「私」であり、あなたが必要なのも「私」。 

 それらは全部「私」だけの都合であって、そこに「あなた」に対する想いは1ミリも含まれていない。

 「私」は、ただひたすら「私」だけのために、仕方なく、「あなた」にしがみついている。

 そして、それを喜んでいる「あなた」もまた、仕方なく「私」にしがみついている。

 

 お互いが、自分だけの都合によって、自分だけのために、仕方なくもたれ合う。

 それは、ただ依存しあっているに過ぎない。 

 熱烈な愛による強い結びつきのように見えて、その実は、愛とは真逆の行為なのだ。

 

 相手方に対して、受動的に何かを求める。

 それもまた、自分の都合でしかない。

 

 相手に求められるままに、受動的にそれに応じる。

 そうすることが、その相手にとって最善とは限らないのだ。

 

 人を愛するとは、相手自身にとっての最善を願うこと、或いは、自分とその相手自身にとって何が最善であるかを考え、自ら行動することではないだろうか。

 

 そうであるなら、それは、あくまでも主体的かつ能動的な行為でなければならない。

 更に、あなたを愛するためには、私は、あなた無しでも生きて行くことができなければならない。

 

 一人でも生きて行ける二人が、そうであるが故に二人で生きてゆくことを共に選び、共に一人でも立っていることが出来るから、支え合うことができる。

 

 そこに、夫婦の素晴らしさがあるのではないだろうか。

 

 けっこうハードルは高い。

 

 でも、そんな関係を築けたら最高だと思う。